「この子、社会でやっていけるんやろうか」

「この子、社会でやっていけるんやろうか」

 

みなさん、こんにちは。米田(ま)です。

先日、母と子どもの頃の話をしていたときのことです。

昔の思い出をあれこれ話していると、母が突然、こんなことを言いました。

「実は、昔、愛恵のこと、

『この子、将来社会でやっていけるんやろうか・・・』

って、本気で思ってたんよ。」

と。

母は続けて、

「いや、正直、無理かもって・・・諦めてた」

と。

え・・・ なぜ・・・?( ゚д゚)

ほんで諦めるなよ(笑)

 

今でこそ、私は普通に社会人として働いていますが、

どうやら母の中では、

「この子がちゃんと社会人になれる未来」

は、かなり怪しかったようです。

今日は、そんな私と母の話をしたいと思います。

 

幼い頃の私は、かなり自由な子どもでした。

「みんなと一緒? なんだかつまらん」

「ダメって言われたら、むしろやりたい」

「まあ、なんとかなるやろ〜」

が、基本姿勢。

思いついたら、すぐ行動。

そして、突っ走ってケガをする。

でも本人は、

「まあ、これくらい大丈夫やろ」

と頭から噴き出す血を気にも留めてない。

そんな子どもでした。

かと思えば、突然、細かいことが気になりだして、何時間も一つのことに没頭する。

今思えば、「黄色も緑も、めちゃくちゃ出てたんやな」という感じです。

 

そんな私に対して、母は必死でした。

「ちゃんと計画を立てて動きなさい!」

「ちゃんと宿題しなさい!」

「世の中を舐めたら痛い目見るよ!」

 

 

母の言っていることは、全部正しい。

でも当時の私には、その「正しさ」が、ちょっっっとだけ窮屈でした。

ちなみに、父はというと、

「そんな色々言わんでも、失敗させたらええんや! はははー!」と笑っていました。

・・・。

母、大変だっただろうな・・・(笑)

 

そんな我が家のプロファイル

実は、我が家は、父・母・姉・私の全員がプロファイルを取得しています。

思考特性だけをご紹介すると、

父: 顕性
母:緑シングル
姉: 顕性
私: 顕性

なんと、全員、緑が利き。

まさかの「チームグリーン」です。

(余談ですが、亡くなった祖父も、96歳の祖母も、おそらく黄色が利き。どこまでもチームグリーンです)

 

こうして見てみると、「ああ、なるほど」と思うところがたくさんあります。

特に、母と私。

母は、

先のことを考え、備える。

ルールを守る。

できるだけリスクを避ける。

 

一方の私は、

思いついたら動く。

とりあえず、やってみる。

失敗したら、そのとき考える。

「まあ、なんとかなるやろ」

で進んでいく。

 

同じ家で過ごす血の繋がった親子なのに、ずいぶん違いました。

 

子どもの頃の私は、

「なんでお母さんは、そんなに細かいことを言うんだろう」

と思っていました。

「もっと自由にさせてくれたらいいのに」と。

でも、EGを学んだ今なら、

母がなぜあれほど「先回り」していたのか、少し分かる気がします。

 

母にとって、

「リスクを避ける」

「先のことを考え、備える」

ことは、私を縛ることではなく、

私を守ることだったのだと思います。

 

当時の私は、「お母さんは私を自由にさせてくれない」と思っていました。

でも母からすると、「この子を、この先困らせたくない」だった。

同じ出来事なのに、見えているものが全く違っていたんです。

補足ですが、母と私は同じ緑利きではあります。

ただ、母の「緑シングル」からすると、緑とは対照的な「黄色」が本当に理解できなかったのだと思います。逆も然り。

 

母は、よくこんなことも言います。

「愛恵のおかげで、自分ひとりだったら絶対に経験できないような、面白い世界をたくさん見せてもらったよ」と。

恐らく私は、母にとって、「よく分からない存在」だったのだと思います。

 

何を考えているのか分からない。

突然どこかへ行ってしまう。

何を始めるか分からない。

でも、「分からないから嫌い」ではなかった。

「分からないから、心配だった」のだと思います。

 

そして私も、

「分かってもらえない」「窮屈」「お母さんは過保護」

と思っていた。

 

でも実際には、

母はずっと私のことを考えてくれていた。

ただ、考え方が違った。それだけだったのかもしれません。

 

もし、あの頃にプロファイルを知っていたら、

もし、子どもの頃にお互いのプロファイルを知っていたら。

母は、

「この子は、こういう風に考えるんや」

と、もう少し安心できたかもしれません。

私は、

「お母さんは、私を止めたいんじゃなくて、守ろうとしてるんや」

と、もう少し早く気づけたかもしれません。

 

もちろん、プロファイルを知ったからといって、世の中の揉め事がなくなるわけでもないでしょうし、

「あなたは●●顕性だからね」で、全てが解決するわけでもありません。

でも、

「あの人は、なぜこんなことを言うんだろう」と思ったときに、

「自分とは違うところから、同じものを見ているのかもしれない」と思える。

これは、私にとって、かなり大きな変化でした。

 

 

「分かる」と「同意する」は、違う

EGを学んで、私が一番面白いと思っていることがあります。

それは、【相手を理解することと、相手に同意することは、別だ】

ということです。

母の言うことが全部正しいとは思いません。

今でも、

「いや、それは考えすぎやろ(笑)」

と思うことはあります。

母もきっと、

「愛恵はほんまに、もうちょっと『ちゃんと』考えたら良いのに」

と思っているでしょう。(多分、圧倒的にこちらの方が多い)

 

でも、

「なんでこの人は、こんなことを言うんだろう」

から、

「この人から見たら、そう見えるんだな」

に変わる。

それだけで、相手との距離が少し変わる。

 

昔は「窮屈だ」と感じていた母の言葉が、

今は、「心配してくれてたんやな」と聞こえるようになりました。

言葉は、何も変わっていません。

変わったのは、その言葉の真意が、少し見えて、理解できるようになったこと。

それが、私にとってのEGだったのだと思います。

 

家族って、物凄く身近な存在ですよね。

だからこそ、「分かってくれて当然」と思ってしまう。

でも、近いから分かるとは限らない。

むしろ、近いからこそ、「なんで分かってくれないの?」と、イライラしたり、悲しくなってしまったりすることもある。

私と母も、そうだったのだと思います。

でも今は、母と私が違うこと自体を、少し面白いと思えるようになりました。

母のおかげで、

「細やかな部分にも気を配ったり、備える」大切さを知った。

私は母に、

「まあ、なんとかなる」という世界を見せられた。(いや、もしかしたら母からすると私は何とかなってなかったかも?(笑))

母がよく言う、

「愛恵のおかげで、自分ひとりだったら絶対に経験できないような面白い世界をたくさん見せてもらった」

という言葉。

もしかすると、

それは私たちが「違ったから」こそ、生まれたものなのかもしれません。

 

そう考えると、「違う」って、悪くないなぁと思います。

むしろ、

お互いの世界を広げてくれるものなのかもしれません。

 

今日はプロファイルの少し異なる、母と私の話でした。

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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