今でもたまに、思い出すことがあります。
2022年2月
まだ私が内定者だった頃、我が社の応接室で、当時役員だった岡本と西に、頭を下げたことがありました。
「すみません。単位が足りず、卒業できませんでした。」
卒業を目前にして、履修の取り間違いに気づき、必要な種類の単位が足りず、予定どおり卒業できないことが分かったのです。(今も書きながら冷や汗をかいています)
顔面蒼白の私に、岡本は言いました。
「ハハッ!!黄色い(黄色顕性な)ところ出たなぁ〜」
西は、黙って苦笑いしていました。
起きてしまったことは今さら仕方がない、という青い思いもあったでしょうし、親子ほど歳の離れた私に対する、多少の親心もあったのかもしれません。
呆れられることも、内定を取り消されることも覚悟していた私に、ふたりと、当時社長だった賀川は、責めることなくこう言ってくれました。
「4月から、予定通り入社して頑張ってください。」
「会社が責任をもって卒業させます、とご両親に伝えてください。」
そう言われた時、私は、ふたりの顔を見ることができませんでした。
ただ「はい」と返事をしながら、この人たちについていこう。もらった機会を決して無駄にせず、EGIJのために精いっぱい働こう。そして、いつか仕事で応えられる自分になろうと、心に決めました。
入社してからは、当時メンターをしてくれていた米田圭吾が、
毎週のように「授業出てる??がんばろう!!!」と見張っていてくれましたし(笑)、卒業が決まってからは、渡部と米田愛恵が一緒に卒業見込み証明書を取りについて来てくれたりもしました。
(細かい説明は省きますが、授業をリモートで受けることができたため、仕事と学校を両立し、無事に半年後卒業することができました!)
卒業見込み証明書を見て、上司たちがすごく喜んでくれる様子を見た母校のキャリアの先生から、「ほんま、いい会社に入社したねぇ……」と肩を叩かれたほどです。笑
本当に、大いに迷惑をかけながら卒業したのですが、私の人生においては、かけがえのない経験であり、大きな挫折でもあったと思います。
(もちろん、会社には申し訳なかったと大反省しております。)
(後輩たちは、このブログを読んで、そんなことあったの?!と、初めて知ることでしょう。笑)
あれから4年半が経ちました。
今でもたまに、あの応接室でのことを思い出します。
あの時の私は、自分の失敗で頭がいっぱいで、情けなくて、申し訳なくて、正直、社会人になる資格なんてないのではないかと思っていました。
でも、そんな私に会社は、「もうダメだ」ではなく、「ここから頑張ろう」と言ってくれました。
そして、本当に大切に、大切に育ててくれました。
あの応接室で、「いつか仕事で応えられる自分になろう」と決めた私は今の自分をみて何を思うかな、と考えます。
少しでも恩返しができるようになりたいと思いながら、頑張って過ごしてきましたが、振り返ると、まだまだだなと思うことばかりです。
入社してからの4年余りは、ただ「働く」という枠を超えた、学びと成長の連続でした。
改めて振り返って思うのは、私は本当に、人に恵まれてきたということです。
「乗り間違えたと思った電車が、思いがけず目的地まで連れて行ってくれることがある。」
どこかの国に、そんな言葉があるそうです。
人生には、「乗り間違えた」「こんなはずじゃなかった」と思う瞬間があります。
過去のブログにも書いたことがありますが、当時の私にとって、EGIJは第一志望の会社ではありませんでした。
でも、あのとき飛び乗った、EGIJという電車は、私を、想像していたよりもずっとずっと遠くまで運んでくれました。
自分一人では、決して辿り着けなかった場所。
見ることのできなかった景色。
そして、その道でしか出会えなかった人がいます。
夢中で働くことの楽しさも、自分の力だけでは仕事はできないということも、誰かのために頑張る喜びも、この場所で教えてもらいました。
その一つひとつが、私の人生を、思っていた以上に彩り豊かなものにしてくれました。
だから、
もし、あの頃の自分に戻れたとしても。
目の前にやってきたEGIJという電車に、
私はきっと、もう一度飛び乗るのだと思います。
…あれ、最終回のような内容になってしまいました。(笑)
ここまで私を乗せてくれているEGIJという電車と、その中で出会ったすべての人に、心から感謝します。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
【プロファイル】
緑・赤・黄色の3色顕性、自己表現性・左寄り、自己主張性・左寄り、柔軟性・真ん中

